浴衣姿のタイドプール
最近といってもここニ、三年思うところがあって、
海で自分が釣ったりすくった魚達を水槽に放ってやり、
それを眺めながらバーボンなどをちびりちびりという日が続いている。
水槽に入れて数日もすると
そんな私に餌をせがんでこちらに寄ってくる。
それがまた可愛くてついついシラスなぞをパラパラと撒いてやり、
一人悦に入っているのだ。
私の親父がまた大の魚好きで静岡は清水に転勤になった時などは、
会社が海沿いなのを良い事に
昼休みに会社裏の岸壁から釣った魚達を
家の水槽に入れにくる。
そのうちカレイなどを餌付けてしまい、親父の指先にあるトロを狙って
水面近くでヒラヒラと舞って見せる。
また田子の浦の地引網に入ったイザリウオや
コンゴウフグの一種たちは、
それはまた愛嬌のある顔つきで仕草が面白く、
駿河湾での私の生活は、
自然が家の中に確かに息づいていた時代でした。
残念なことに彼らは大抵長生きはしてくれなかったけれど、
それは別段私たち家族の胃の中に収まってしまった訳ではなくて、
所詮水槽の中というその環境が自然界のそれとは
微妙に違っていたのかもしれない。
しかし最近の水槽浄化システムはなかなかのもので、
元来は単なる濾過器としての役割しかなかったものが、
水質維持には欠かせないバクテリアの発生と育成機能を備え、
従来の活性炭だけでなくセラミック系の濾過材や、
水質の安定・ペーハーバランスの試験紙・調整剤などなど
いろいろと出回るようになっています。
これらを使うことによって彼らは驚くほど快適な生活をおくれるらしく、
ほんの一センチほどの小メジナが子供の手の平ぐらいに育ったりする。
そういえば近年は家庭用の水槽飼育セットが大分売れているようで、
バブルが飛んで久しいけれど
最近は家庭内に目が改めて向けられたり、
癒しの作用の現象のひとつであると
どこかのメディアが報じておりました。
さて海水魚を飼う面白さは、手ごろな大きさの魚達を「ブク」と呼ばれる
携帯ポンプで生かしたまま連れてくることができるところにあります。
磯遊びに行ったときには、魚だけでなく蟹やヤドカリ、
小さなムラサキウニや握り拳くらいの岩に付いたイソギンチャク、
海草のついた石やカメノテなどなど、適度に持ち帰れば
結構なタイドプールが家の中に再現できるのです。
注意すべきは持ち帰るときに欲張って
あまり多くの生き物を入れぬことと、
夏の帰宅時の水温上昇に気をつけること。
私などは高価なダイヤアイスをコンビニで購入して
袋のまま蓋付きのバケツに放り込んで帰路につきます。
再現された我が家の磯だまり(タイドプール)の中で
彼らが生活をはじめるとたびたび面白いことに出会う。
たとえば気の強いヤドカリは、自分の家殻が小さく感じると
他のヤドカリを襲って追い出してしまい、
ちゃっかりと新居を頂いてしまう。
その追い出されたヤドカリの無防備で柔らかな腹を狙ってニシキベラや
クサフグが泳ぎ寄ってくる。そして勝負は一瞬で決まってしまう。
そう、自然の掟はこの小さな水槽の中にもしっかりと活きているのだ。
ベラ科のキュウセンはオスとメスがまるで違う柄を着ていて
メスのそれは格段に派手である。
泳ぎながら上目づかいに振り向く姿はさながら浴衣姿の娘の様。
彼女たちはとても恥ずかしがりやで
暗くなると白サンゴを砕いた砂の中に朝まで潜って眠ってしまう。
夏の夜の海底ではそこかしこで白砂の布団に抱かれて
いったいどんな夢を見ているのだろう。
天草の上ではイソスジエビたちが長い手足を使って
身体の掃除に余念がないし、
磯カニたちは水槽の岩陰で餌の流れくるのを待って、
ひがな一日その小さな目を覗かせている。
水温は四季を通じて24度前後にしてあるから
水槽の中は私が幼い頃から愛したいつもの初夏の海である。
心地よいバーボンの酔いがまわるほどに部屋の明かりを消すと、
水槽の蛍光灯が妖しげに光り、たとえ季節が移り変わっても
私の家のタイドプールにはいつもの夏が居てくれるような気がする。

2004年1月 『カブリオレ湘南ライフ』
PHOTO『横濱山手の十番館』
『同 赤煉瓦倉庫・同乗者:教官』